知ってくれている、ということ

四人の子供を育てながら、とくべつな育児方針というのは最後までありませんでしたが、本が好きな子になってほしいなと思っていました。

私自身が家族や友人と離れてしまっても、本が支えてくれたことがたびたびあったので、そのことを早くから知ってもらいたかった。

育児中は自分の読書の時間はほとんど持てなかったので、子供と絵本を一緒に読みました。寝る前の読み聞かせです。

読んであげながら、私の意識が遠のいて、続きが宙ぶらりんになることもありましたが、そういう時間を作っていたはずなのに、子供たちは誰も読書する習慣を持っていないと思っていました。

ところが先日、この春大学生になった次男が角田光代の「紙の月」が凄く面白い、と話してきたのです。

私は読んだことありませんでしたが、映画化されたときの予告であらすじは何となく知っていました。

次男は原作の中にでてくる登場人物すべての気持ちが少しだけれども分かり、誰も悪い人と決められないこと、さらに犯罪を犯してしまった主人公の気持ちに共感してしまった自分に戸惑っている様子でした。

主人公と夫との関係、中年女性が年下の異性に没頭していく苦しい心理なども詳しく具体的に描かれている・・・。

かいつまんで読んでくれる文章に、私も深く共感しながら、小説家はすごい、こんな気持ちの核みたいなものをちゃんと知っているんだから、と次男に話しました。

すると、お母さんはこの本読んだらきっと泣いてしまうかもしれない、と返ってきました。

午前二時を回っていたこともあって、それ以上話をすることはありませんでしたが、ああ、次男は知っていたんだなと思いました。

もちろん、原作のような劇的な出来事などは起こりませんが、ここ数年の自分の母親と父親の関係を知らん顔しながら、感じとっていたのだと。

子供にそんな風に感じさせてしまったのは申し訳なかったけれど、物語の架空の人物にだけでなく、現実に知ってくれている人がいる、ということに慰められました。

どんなに説明しても、うまく伝わらないときに、小説のあの文章が心に残る、と伝えるだけで、気持ちが通じることがあるかもしれません。